2019/01/11

外国人留学生問題、のいまどき

 少し前、週刊誌などで半ばスクープ的に報じられていたご当地某私大の「売却」をめぐる騒動の件、その後週刊誌や全国紙にも後追い的に報道されるようになっていました。

  地元紙の報道では、あれこれ事情もあるのでしょう、「儒教系」日本語学校に売却、といった表現になっていましたが、要するに中国の影が背後に垣間見える学校法人に大学を売り飛ばす約束をしたということは確かなわけで、少子化がいよいよ本格的に学校経営、殊に私立大学や専門学校の経営基盤に大きな影響を具体的に見せ始める時期に突入し始めている昨今、いろんな意味で各方面に波紋を呼ぶできごとにはなっています。

 今から20年以上、もう四半世紀ほども前になりますか、90年代半ばから後半くらいの時期に「私大バブル」とでも言うような私立大学の拡張や、新たな学部学科増設が相次いだことがあります。既存の大学が新たな学部や学科を増やすだけでなく、短大などもこぞって四年制大学に衣替えして学生若い衆を呼び込むことに躍起になっていました。実際、当時はそれでしこたま儲けた学校経営者はたくさんいたわけで、近年言われる「大学の経営危機」というのも、一般に報じられている文科省界隈からの大文字の問題や課題などとは少し別のところで、ぶっちゃけその時期に後先考えず拡張・拡大に奔走した私大業界の半ば強制的な手立ても含めた整理縮小過程、つまりは私大バブルの後始末というところが間違いなくあります。

 言うまでもなく、少子化の問題というのは何も最近になっていきなり始まったことでもない、もうずいぶん前からそうなることは数字として見えていたことで、もちろんその私大バブルの時期にはすでに常識として共有されていたはずです。まして、各世代年齢層の増減がそのまま市場規模として予測できる学校経営の場合はなおのこと、このまま推移すれば何年後にはこれくらいの市場規模になる、それを見越して中長期的な経営戦略を立てねばならない、どこも最低限それくらいの認識は持っていたと思うのですが、いずこも同じお役所による規制に守られた業界の水に長年なじんできた悲しさ、みんながバブルに踊って儲けてるんだからうちも乗り遅れないように頑張って踊らないと、的な横並びの考えなしが横行した。中には日本人だけでは飽き足らず外国人留学生もどんどん受け入れる大学が、特に地方の中小規模のところに増えてゆき、まだ当時はわが日本も経済状況が良かった頃のこと、学生として受け入れたはずの彼ら彼女らが出稼ぎ感覚の労働者と化し、中には行方不明になって不法滞在者に変貌するといった事態も起こっていたのは、当時いろいろ報道もされていたゆえ、世間でもまだ記憶に新しいと思います。

 けれども、いまどきの外国人留学生というのはその頃とはまた様変わりしている。何よりこの日本の状況が大きく変わっているわけで、そこをめがけてやってくる留学生の目的もモティベーションも、今世紀始め頃までのそれとは違ってきています。件の苫小牧駒澤大学が目論でいる留学生というのも、比較的富裕層の優秀な子弟限定で、日本のレベルの高い大学に正規編入を希望するような子たちを全寮制で日本語教育中心に鍛え上げて、それぞれ望む進路に誘導しようといったものらしい。実際、そういう需要は中国にだけ関しても潜在的に大きくなっているようで、単にカネ目当て、日本で働くことが目的の以前の留学生とはそのへん、前提が異なってきています。

 その一方で、少子化が雪崩を打って本格化する時期にさしかかり経営基盤の崩壊が始まっている大学業界としては、留学生に頼らざるを得ない状況はある意味以前よりも強まっている。その留学生自体、この先しばらくの間はいいとしても、20年から30年というスパンで考えると今後は減ってゆくという予測も出ているわけで、いずれにせよなりふり構わぬ生き残り戦略の中で、外国人留学生をどのように取り込んでゆけるのかが、進行しつつあるこの「私大バブル」の後始末の過程で重要なポイントのひとつになっています。ただ、肝心要の文科省がなにせあのていたらく。かつての考えなしの横並びと同じように、またも考えなしに留学生招致の受け皿をあれこれ画策してゆく事態が各地で起こり始めるような気配も正直、拭えない。今回のこの騒動はそういう意味でも、全国の先駆けになるかも知れません。

2018/10/30

大学の滅び方、また別の道筋

 大学の滅び方って巷間想像されるような入学者が減って経営が成り立たなくなる、という大文字の経路以上に、すでに在籍している学生が講義その他大学に姿を見せなくなり、休退学除籍などで消えてゆく数が静かに増えて「枯れてゆく」のが現実的にクリティカルな過程なんでないか、と。

 入学者数はいまどきのAO学校推薦系主体で実質無試験な状況だと一気に減ることは実はなくて少子化勾配に従う漸減過程を粛々と、てな感じだけれども、入ったものの休退学除籍の増え方は割と一気に、な印象。それも1年2年のうちにあっさりと、な事案が増えてくる。「流し込まれる」ことの弊害もあるかも。

 3年なり4年なり在籍して単位足りない、でも卒業はしときたい、といった段階踏んでの休退学がこれまで主流だったのが、入ってすぐ1年2年のうちにあっさりと、それもロクに大学に姿を見せないまま、という事案の増え方、どうも割と一般的な傾向になってきとるようでもあり。「こまやかな指導」とか以前の問題。

 専門学校行ってた方がよっぼどフツーにシアワセになれとるような若い衆の率が増えてきとるというのは、学力能力以前にそもそも「好奇心」なり「興味関心」なりを旧態依然な「大学」の枠組みに沿って持つこと自体、できないような個体の比率が上がってきとるのでは、という懸念(というかほぼ確信)が。

 「実学」志向は別にモンカ様や経団連様のご意向どうこう関係なく、ぶっちゃけ「市場」の方がすでにそういうマインド標準、「大学」が能書き整えて四苦八苦するのなんざ全く関係なく「就職に具体的につながらん学校にゼニ出せるかよ、ボケ」になっとる現実がずっと先行しとるで、というのをあれほど……

 人文社会系の衰退、とか何とか言われて「困ったことですね~」的に悩んでみせとる間に、そもそも前提自体が中の人がたの想像力の斜め上で「実利」一発で塗り替えられる、何より当の若い衆以前にその親世代が辛酸なめとるアラフォー氷河期世代になってきとるで、と言うてきとったことがいよいよ現実に。

 財布であり出資者である親の側に「大学」に対するこれまでみたいなリスペクトなり幻想なりがなくなったら、そりゃ子ども若い衆の側にも、よし、大学行って何か違う自分になれるかも、な幻想自体宿りようがなくなるのは必然だわなぁ、と。

2018/10/16

2018年問題、ってどうなった?

 2018年問題とか何とか言われてた、18歳人口の激減期にさしかかり少子化が一段階進むという件も、渦中真っ只中にいるはずなのに具体的にそれほどの危機感が共有されているわけでもなく、日々何となく同じようにまわっていることの不思議。

「2018年問題」とは、2018年を目途に18歳以下の人口が減少期に入ることで、大学の倒産や学生獲得戦争が過熱することです。数字上、2000年生まれの子どもたちから該当します。
「少子化」は今にはじまったことではありません。これまでにも18歳人口が減少することはありました。しかし進学率の伸びによってカバーされ、大学の経営は成り立っていました。また、団塊ジュニアの多くが18歳を迎えた時には、浪人生が増えないようにと文部科学省が大学の臨時定員増を認めたため、大学は「受験バブル期」を迎えました。この時の蓄えがあったため、経営状況の悪化も乗り越えてこられたといわれています。しかし、2018年には、人口減少期への突入と進学率の頭打ちが重なるため、大学経営が厳しくなることは避けられなくなると考えられています。
大きな原因は、18歳人口の減少が予想されていたにもかかわらず、大学の数が増え続けたこと。特に4年制の私立大学の数は増え続けました。4年制にすれば志願者が集まると当て込み、短期大学からの転換が相次いだのです。しかし2010年以降、経営悪化から学生募集を停止する私立大学が目立つようになりました。この頃から「2018年問題」が叫ばれるようになりました。ただ、私立大学では、すでに定員割れが全体の5割近くまで進んでおり、閉校する大学も出てきています。2018年を前に、教育現場の大変革ははじまっているのです。
https://studysapuri.jp/course/junior/parents/kyoiku/article-119.html
 まんま弊社のことやん、どこぞで見とるんと違うん、としか言いようがないのだが、実際、募集状況は例年以上に芳しくないようだし、オープンキャンパスだの進学相談会だのにやってくる高校生たちも少し前までと違って、明らかに「学校に言われて顔を出している」感ありありなのがデフォになっていて、自分の興味や好奇心といったもののありかすらよく見えない、わからないという印象。資格や免許をフックにして「就職」という実利に誘導してゆくことができない人文系だと、こういう高校生が多数派になってくるとこれまで以上に戦いようがなくなってくる。

 社内の状況は概ね Who cares? で、将来像や中長期的展望の類は誰も持てないし持とうともしない、いずれ危機的な状況になるだろうことは理解していても、今すぐではないだろう、程度の多寡のくくり方で日々同じようなルーティン・ワークで流しているといった感じ。頭上にB29がやってきて爆弾や焼夷弾落とされるまでの日々の日常ってのも、きっとこんな感じだったんだろうな、と思う。


 還暦目前、規則通りの定年まであと5~6年の老害世代のこちとらなどはともかく、どうにも理解できないのは、向こう10年や20年、ヘタすりゃもっと先まで何とか喰ってゆかにゃならんはずの40代や30代の「若手」と呼ばれる教職員がたののっぺりした平穏さというか鈍さというか。言われたことは断らずこなそうとするし、概ねマジメだし、規則その他にゃ従順だし、とりあえず文句のつけようはないようなものだけれども、しかし、もう少し何とかジタバタしてみんことにゃこの先、泥舟確定のこの状況を何とか打開でけんのと違うんかいな、という懸念はこちとら、根深くある。


 知ったことか、バリバリ業績あげてバンバン公募に出してとっとともう少しマシな環境に移籍するだけだわ、的了見ならばそれはそれ、生存戦略としてある意味まっとうだし応援すらしていいと思うんだが、そんな気配もさっぱりなく、任期制がない分このまま居座れば食い扶持失うことはない、何より未だ定職もないままウロウロしてる野良博士が山ほどいる世代のこと、「他よりまだマシ」「誰それより恵まれてる」という一点で安心して判断&思考停止しているとしか思えない。


 確実に底は抜ける、それはわかっている。おそらく今年度の結果はかなり衝撃的なことになるだろう。けれども、ああ、学校という稼業は年度さえ変わってしまえば、4月になってしまえばまた「新しい現実」へとワープしてしまう勘違いが毎年準備されるもので、きっとこれまでと同じように淡々と粛々と抜けた底を横目に見ながら日々を過ごしてゆくのだろう、と思う。

2018/10/12

「シャッター反応」

 授業中、指名すると速攻フリーズ生体反応消滅する若い衆。高校までも「あらかじめ答えがあることしか尋ねられなかったから」と。フリーズしてるから誰か助け船出せ、と言うても、まわりも同じく生体反応消して仮死状態のタヌキ。  わからないからごまかすとか、どうしようと逡巡して固まるとか、そういう「理由」がその生身の内側に渦巻いている気配すら薄い。何というか、ほんとに突然「フリーズする」としか言いにくい、それこそまるでちょっとした機械か何かのように。  かつて開高健が、ベトナム戦の最前線の米兵の立ち居振る舞いについて言及していた「シャッター反応」に、どこかよく似てるような気もする。 http://jomontaro.web.fc2.com/page145.html
「虫や獣のなかには強敵に追われていよいよ最後となると、コロリとひっくりかえって死んだ真似をするのがいる。それは”真似”ではなくて、ほんとにからだのなかがどうかなってしまうではないであろうか。」
「虫にしてみると意識より速い何かの反射のために足がしびれて、そうなってしまうのではあるまいか。つまり虫はその瞬間、ほんとに死んでしまうのではないだろうか。ひとりでにシャッターがはしってしまうのではないだろうか。」
「兵の顔には指示されることへの嫌悪、憎悪、侮蔑、反抗などは見られなかった。そのような意識らしいものは何もなかった。ふいに彼は手も足もいきいきとしながら失神してしまったのである。」

2018/06/01

教室の、ながらスマホいろいろ

 講義中、スマホをのぞき込む若い衆、特にもう珍しくもなくなってます。

 机の下に隠しながら下を向いてるのはまだましで、堂々と机の上に置いて眺めたり、ヘタすりゃゲームに興じる剛の者も。いわゆる講義の形式でこちらが話している時は、多少の遠慮もあるようですが、中でスクリーンに映像を投影して見せたりするような段になるとその歯止めも外れるらしく、そこここでおおっぴらにスマホ鑑賞に勤しむように。これが昨今当たり前になってるパワーポイントの類の電子紙芝居を半ば常時上演するような形式になると、その鑑賞モードも同じく常態になる由。このへんこちとらがパワポを使わないので実体験でなく伝聞になりますが、どういう事態を招来するようになるのかはなるほど、たやすく推測できます。

 前にも触れた、講義中にノートパソコンを広げてノートテイキングとしてタイピングしたり、何かを検索したりということとどう違うのか、という声もあります。何か関係ない動画を見たり、電子マンガを眺めたり、果てはゲームをしたりというのは論外としても、しかし電子機器としては同じこと、フリック入力でノートをとるのはちと無理筋としても、検索などはスマホでちょっとやってみるのは確かにあり得るし、実際そういう若い衆もちらほらいる。

 このへん、基本的な考え方としては、ひとまず私語の延長線上でとらえるようにしています。講義中の私語についても一律とにかくいけないというわけではない、講義に関係のあることで隣の友だちと意見交換をしたり、何かやりとりをするようなことは、まわりに迷惑をかけない限りにおいて妨げない、それと同じようにスマホをいじるのもその場の講義と関わるようなしらべものなどするのなら許容する――ざっとそのようなことを、こちらの考える基本線として若い衆には提示することにしています。

 眼前の彼ら彼女らがそれで本当に納得しているかどうかは微妙ですが、その日その時その場所に身を置いている講義なら講義という「場」において必要と判断した上での行為なのかどうか、私語であれスマホであれ、そこはまさに「自主的」で「主体的」な判断でやってくれということなんだな、という程度の理解は、それなりにしてくれているようではあります。

 机間巡視だとか何とか、そういう「教育学」系のリクツ自体習ったこともない身ですが、映像を上映している時などはスマホをのぞき込むのを確認すると、なにげなく近寄っていっては横に立ってみたり、時にはこちらからものぞき込むようにすることもありますが、そういう場合、あ、と気づいてバツの悪そうな顔つきをしてそそくさとスマホをしまうような態度になる若い衆は、どうも最近少ないような印象があります。こちらの存在に気づいても表情ひとつ変えずにそのまま黙って画面を消したり、あるいは単に脇に少しずらすだけで「スマホなんて見てませんよ」的ふりをしてみせる。さらには机の上に溶けたようになって眺めていたりする場合は、単にそのまま寝たふりをするようなことも。

 あ、バレた、やらかした、的な取り繕い方すらしない、あるいはする必要も感じなくなっているくらいに、その「場」に自分の身を置いているということの意識が希薄になっているのかな、と、例によってのシロウト目線ではありますが、遭遇する眼前のそのような若い衆の生態を前に、いろいろ考え込んだりしています。
 
 

2018/05/28

私立中高一貫校、の肌ざわり

 毎年新しい学生が入ってくる。その場合、さて、高校生までの生活でこの子は、果してどのような「学校」のなじみ方をしてきたのか、それが大学に流し込まれてきてわれわれの眼前にやってきた時に、まずつかんでおきたいと思うことのひとつになっています。

 ご当地北海道だとほぼ考慮しなくていいでしょうし、まして今の勤務校だとなおのことですが、いわゆる私立の中高一貫校といった、独自の教育を施していて、しかもその地域で、あるいは場合によっては全国区での進学校といった位置づけの「学校」をくぐってきたような子については、明らかにその他の一般的な義務教育から高校へ、といった経歴の子たちと違う内面を持ってしまっています。この「違い」というのは、大学に入ってきて初めて際立ってしまうようなものでもあるようです。

 自分ごととして振り返ってみてもそれはわかる。小学校も中学も地方の地元の公立校で、それまで特に「お受験」と呼ばれるような経験はしていない。塾通いにしても、小学校の中学年くらいで親に言われてやらされた硬筆習字か、当時からほとほと苦手だった算数を近所の教諭あがりのお年寄りの自宅で見てもらっていた程度。中学になってからも、同じく苦手が明らかになった英語を、それも昨今流行りの英会話などというものでもなく、ほんとに学校の教科書に毛の生えたくらいの内容のこれまた補習程度。いや、そもそも「入試」という試練自体、高校でさえも当時の「兵庫方式」と呼ばれた内申書であらかじめ篩い分ける選抜の仕方だったもので、ペーパーの筆記試験は一応あったものの、それも内申書によって篩い分けされた上での念のための学力確認程度で、いわゆる一発勝負の緊張を強いられるようなものではありませんでした。なので、高校を出るまで、そのような「入試」も「受験」もロクに経験しないままだった、ということになります。

 私立中高一貫校の、それも全国区の名門と言われるような学校は、地元にいくつかあった。それを小学校からめざしていた子もいるにはいましたが、それもひと学年でひとりかふたり。そんな子たちにしても、後のようにわざわざ「受験」準備の塾とか予備校の類に通っていたということはなかったはずです。何より、そんな中学受験のための塾などというもの自体、近所にはなかった。いや、あったかも知れないけれども、そういう情報自体、当時の小学校まわりの情報として流通していませんでしたし、親たちにとってもほとんどそんなもの、だったでしょう。その程度に同じ地方であっても田舎ではありました、たとえ阪神間の郊外都市ではあっても。

 そのひとりかふたりの子たちは、都市銀行の銀行員の子弟とか、商社マンの息子といった家庭環境で、多くはまだ畑がそこら中にあって、むき出しで何の保護措置もとっていない肥だめ――当時の地元のもの言いで「ドツボ」さえあたりまえに通学路の脇に異臭を放っていた、そんな環境に育ったその他おおぜいの地元の子らからは明らかに別のたたずまいを漂わせていました。もっとも、転勤族の子弟という意味では自分もおそらくそんなハコに入れて区分けされていたのだとは思いますが、それでもこれまた後に問題になっていったようないじめやスクールカーストなどといった子ども同士の世間での深刻な分断の気配は、まだほとんどなかった。少なくとも、教師以下まわりの大人たちにとって問題にされるような可視化は起こっていませんでした。

 彼らがその後どんな中学高校性格を送っていったのか、その後敢えて考えることもなく、彼らの存在も忘れたままになっていましたが、その後、たまたま大学に入って、これは現役でもぐりこめたこちらより1年遅れて、そのかつて全国区の名門中高一貫校に進んでいた同級生が同じ大学の学部に入学してきたことを知って、ああ、こういうところでまた同じ場所に、という感慨を抱いたことがあります。もっともそれは、新入生の名簿か何かをたまたま見る機会があって、その中の出身高校欄(それは必ず附随していました)をインデックスに眺めているうち、どこか見覚えのある名前を発見して気づいた程度のことでしたし、ましてわざわざ顔を見に行き挨拶したりといったこともしませんでしたが、もしその頃、実際に顔を合わせて話でも交わす機会があったなら、小学校を卒業した後、彼がどのような中高生活をくぐり抜け、どのような10代を送っていたのか、その肌ざわりを間近に感じ取ることもできたのかも知れません。

 そのような全国区の、それも進学校として名うての中高一貫校出身の人がたの肌ざわりを実際に思い知るようになるのは、大学よりもむしろ大学院に入ってからだったかも知れません。本当ならば大学でもっと実感していていいはずなのですが、きっと例によって若さゆえの夢うつつで過ごしていたのでしょう、良くも悪くもそういう機会は少なかったように思います。こちらにそのような出自背景を補助線にして眼前の生身の人間を吟味するだけの枠組みが、まだ備わっていなかったということかも知れません。ともあれ、大学院の頃に初めて、そういう種類の出自背景を持った人がたを間近に、その「進学校」で実装してきたらしいある種の能力や、それに伴う人となりや性格、人づきあいの習い性みたいなものもひっくるめて、あれこれ思い知らされることになりました。

 彼らは、こちらから東京に出てゆかないことには、まず出会うことのないような人がた、であったことは間違いない。中高までは言うにおよばず、大学へも実家から通うことも当たり前で、それは同時にその実家にまつわる「地元」の人間関係や背景その他全部ひっくるめて「文化資本」としてくっついてきている。たとえば、着ている服や持ち物の類も明らかに違うものだったし、どうかすると父親の自家用車を当たり前のように乗り回していたり、またそのことに悪びれる風もない。地方出身、ありていに言って「田舎もの」の側からの視線について、彼らはこちらが逆に恥ずかしくなるくらいに意識していないように見えました。

 いま、ご当地の眼前の若い衆の間に、そのような落差や格差はひとまず見えにくい。もちろん、札幌圏とそれ以外の地域の間の学力格差は、海峡以南の全国区目線からは想定されにくいほど深刻なものですし、そこに出自来歴含めた階層の違いなどがからんでいることも、単なる経験則として以上に明らかだと思いますが、近年さらに加速されているように見えるいわゆる「お受験」沙汰や、その上に想定されている私立中高一貫校的名門進学校へのハードルの上げられ具合などは、少なくともご当地北海道のみならず、それこそトーキョーエリジウムな限られた情報環境から疎外され続けている「地方」≒トーキョー以外、の〈リアル〉からはまずはよそ事、少なくとも自分自身のそれぞれの人生を選択してゆく時に実際に考慮するような要素としては、まず考えられないようなものですし、その限りでどこかヴァーチャルな世界での「おはなし」としてしか感じることはできないようです。

 けれども、いやだからこそ、でしょう。そういう〈リアル〉が同じニッポンのこの中にあること、そしてそれらをくぐり抜けた果てに、いわゆる有名企業や大企業に象徴される「いい就職」が実際にあり、あるいはマス・メディアの銀幕に映し出される華やかな日常、絵空事な日々を現実化した「勝ち組の人生」が成り立っているらしいこと、についてうまく伝えておくこともまた、昨今の大衆化した大学に通う大学生のその他おおぜいにとっては、社会における自らの立ち位置を穏当に計測してゆけるようになるために、不可欠の「教養」の一部になっているように感じています。

 
 
 
 
 

2018/05/26

「Fラン」上等

 「Fラン」というもの言いも、割ともう一般的になってきているのかも知れません。

 もとは予備校以下、受験産業の用語だったはずです。いわゆる偏差値的序列におけるランキングで「ボーダーフリー」と呼ばれていた下位クラス。合格のための入試難易度が偏差値として算出できない、事実上全入に近い一群を称してつけられていた「ボーダーフリー(F)ランク」だったものが、AランクBランク的なものさしと誤読されつつ「Fラン」と使い回されるようになった。このあたり、かの戦争犯罪人たちを分類する「A級」「B級」が、戦争犯罪の質の違いを便宜的に分類した記号だったものが、同じように犯罪の軽重を一直線に評価したものさしとして理解されてしまったことなどとも、どこか似ています。

 大学受験が事実上、かつてのある時期までのような「競争」ではなくなり、浪人してまで志望校をめざす、といった「受験戦争」期の苦難のイメージ自体、もう過去のもの。もちろん、上位難関校をめざす若い衆たちは今もいますし、そのために浪人する層もいるにはいますが、しかしそれはかつての最も競争の激しかった頃、具体的には80年代でしょうか、当時の「大学受験」にまつわっていた切羽詰まったものとはすでに別ものになっています。

 なのに、というか、だからこそ、というか、この「Fラン」というもの言いだけは、便利に使い回されるようになっている。偏差値的な序列の最底辺、勉強的には箸にも棒にもかからない頭の悪い層、といった意味を、そうとはっきり指し示さなくてすむための回避的な、とりあえずは便利なもの言いとして、のようです。

 学生若い衆同士でこの「Fラン」が使われるかというと、実はそうでもない。自分自身のことに直接刺さってくるから、という面もありますが、そういう事情だけでもないらしい。たとえば、好んで使いたがるのはむしろ教員の側のような印象があるのも、何かワケがありそうです。