2018/10/30

大学の滅び方、また別の道筋

 大学の滅び方って巷間想像されるような入学者が減って経営が成り立たなくなる、という大文字の経路以上に、すでに在籍している学生が講義その他大学に姿を見せなくなり、休退学除籍などで消えてゆく数が静かに増えて「枯れてゆく」のが現実的にクリティカルな過程なんでないか、と。

 入学者数はいまどきのAO学校推薦系主体で実質無試験な状況だと一気に減ることは実はなくて少子化勾配に従う漸減過程を粛々と、てな感じだけれども、入ったものの休退学除籍の増え方は割と一気に、な印象。それも1年2年のうちにあっさりと、な事案が増えてくる。「流し込まれる」ことの弊害もあるかも。

 3年なり4年なり在籍して単位足りない、でも卒業はしときたい、といった段階踏んでの休退学がこれまで主流だったのが、入ってすぐ1年2年のうちにあっさりと、それもロクに大学に姿を見せないまま、という事案の増え方、どうも割と一般的な傾向になってきとるようでもあり。「こまやかな指導」とか以前の問題。

 専門学校行ってた方がよっぼどフツーにシアワセになれとるような若い衆の率が増えてきとるというのは、学力能力以前にそもそも「好奇心」なり「興味関心」なりを旧態依然な「大学」の枠組みに沿って持つこと自体、できないような個体の比率が上がってきとるのでは、という懸念(というかほぼ確信)が。

 「実学」志向は別にモンカ様や経団連様のご意向どうこう関係なく、ぶっちゃけ「市場」の方がすでにそういうマインド標準、「大学」が能書き整えて四苦八苦するのなんざ全く関係なく「就職に具体的につながらん学校にゼニ出せるかよ、ボケ」になっとる現実がずっと先行しとるで、というのをあれほど……

 人文社会系の衰退、とか何とか言われて「困ったことですね~」的に悩んでみせとる間に、そもそも前提自体が中の人がたの想像力の斜め上で「実利」一発で塗り替えられる、何より当の若い衆以前にその親世代が辛酸なめとるアラフォー氷河期世代になってきとるで、と言うてきとったことがいよいよ現実に。

 財布であり出資者である親の側に「大学」に対するこれまでみたいなリスペクトなり幻想なりがなくなったら、そりゃ子ども若い衆の側にも、よし、大学行って何か違う自分になれるかも、な幻想自体宿りようがなくなるのは必然だわなぁ、と。

2018/10/16

2018年問題、ってどうなった?

 2018年問題とか何とか言われてた、18歳人口の激減期にさしかかり少子化が一段階進むという件も、渦中真っ只中にいるはずなのに具体的にそれほどの危機感が共有されているわけでもなく、日々何となく同じようにまわっていることの不思議。

「2018年問題」とは、2018年を目途に18歳以下の人口が減少期に入ることで、大学の倒産や学生獲得戦争が過熱することです。数字上、2000年生まれの子どもたちから該当します。
「少子化」は今にはじまったことではありません。これまでにも18歳人口が減少することはありました。しかし進学率の伸びによってカバーされ、大学の経営は成り立っていました。また、団塊ジュニアの多くが18歳を迎えた時には、浪人生が増えないようにと文部科学省が大学の臨時定員増を認めたため、大学は「受験バブル期」を迎えました。この時の蓄えがあったため、経営状況の悪化も乗り越えてこられたといわれています。しかし、2018年には、人口減少期への突入と進学率の頭打ちが重なるため、大学経営が厳しくなることは避けられなくなると考えられています。
大きな原因は、18歳人口の減少が予想されていたにもかかわらず、大学の数が増え続けたこと。特に4年制の私立大学の数は増え続けました。4年制にすれば志願者が集まると当て込み、短期大学からの転換が相次いだのです。しかし2010年以降、経営悪化から学生募集を停止する私立大学が目立つようになりました。この頃から「2018年問題」が叫ばれるようになりました。ただ、私立大学では、すでに定員割れが全体の5割近くまで進んでおり、閉校する大学も出てきています。2018年を前に、教育現場の大変革ははじまっているのです。
https://studysapuri.jp/course/junior/parents/kyoiku/article-119.html
 まんま弊社のことやん、どこぞで見とるんと違うん、としか言いようがないのだが、実際、募集状況は例年以上に芳しくないようだし、オープンキャンパスだの進学相談会だのにやってくる高校生たちも少し前までと違って、明らかに「学校に言われて顔を出している」感ありありなのがデフォになっていて、自分の興味や好奇心といったもののありかすらよく見えない、わからないという印象。資格や免許をフックにして「就職」という実利に誘導してゆくことができない人文系だと、こういう高校生が多数派になってくるとこれまで以上に戦いようがなくなってくる。

 社内の状況は概ね Who cares? で、将来像や中長期的展望の類は誰も持てないし持とうともしない、いずれ危機的な状況になるだろうことは理解していても、今すぐではないだろう、程度の多寡のくくり方で日々同じようなルーティン・ワークで流しているといった感じ。頭上にB29がやってきて爆弾や焼夷弾落とされるまでの日々の日常ってのも、きっとこんな感じだったんだろうな、と思う。


 還暦目前、規則通りの定年まであと5~6年の老害世代のこちとらなどはともかく、どうにも理解できないのは、向こう10年や20年、ヘタすりゃもっと先まで何とか喰ってゆかにゃならんはずの40代や30代の「若手」と呼ばれる教職員がたののっぺりした平穏さというか鈍さというか。言われたことは断らずこなそうとするし、概ねマジメだし、規則その他にゃ従順だし、とりあえず文句のつけようはないようなものだけれども、しかし、もう少し何とかジタバタしてみんことにゃこの先、泥舟確定のこの状況を何とか打開でけんのと違うんかいな、という懸念はこちとら、根深くある。


 知ったことか、バリバリ業績あげてバンバン公募に出してとっとともう少しマシな環境に移籍するだけだわ、的了見ならばそれはそれ、生存戦略としてある意味まっとうだし応援すらしていいと思うんだが、そんな気配もさっぱりなく、任期制がない分このまま居座れば食い扶持失うことはない、何より未だ定職もないままウロウロしてる野良博士が山ほどいる世代のこと、「他よりまだマシ」「誰それより恵まれてる」という一点で安心して判断&思考停止しているとしか思えない。


 確実に底は抜ける、それはわかっている。おそらく今年度の結果はかなり衝撃的なことになるだろう。けれども、ああ、学校という稼業は年度さえ変わってしまえば、4月になってしまえばまた「新しい現実」へとワープしてしまう勘違いが毎年準備されるもので、きっとこれまでと同じように淡々と粛々と抜けた底を横目に見ながら日々を過ごしてゆくのだろう、と思う。

2018/10/12

「シャッター反応」

 授業中、指名すると速攻フリーズ生体反応消滅する若い衆。高校までも「あらかじめ答えがあることしか尋ねられなかったから」と。フリーズしてるから誰か助け船出せ、と言うても、まわりも同じく生体反応消して仮死状態のタヌキ。  わからないからごまかすとか、どうしようと逡巡して固まるとか、そういう「理由」がその生身の内側に渦巻いている気配すら薄い。何というか、ほんとに突然「フリーズする」としか言いにくい、それこそまるでちょっとした機械か何かのように。  かつて開高健が、ベトナム戦の最前線の米兵の立ち居振る舞いについて言及していた「シャッター反応」に、どこかよく似てるような気もする。 http://jomontaro.web.fc2.com/page145.html
「虫や獣のなかには強敵に追われていよいよ最後となると、コロリとひっくりかえって死んだ真似をするのがいる。それは”真似”ではなくて、ほんとにからだのなかがどうかなってしまうではないであろうか。」
「虫にしてみると意識より速い何かの反射のために足がしびれて、そうなってしまうのではあるまいか。つまり虫はその瞬間、ほんとに死んでしまうのではないだろうか。ひとりでにシャッターがはしってしまうのではないだろうか。」
「兵の顔には指示されることへの嫌悪、憎悪、侮蔑、反抗などは見られなかった。そのような意識らしいものは何もなかった。ふいに彼は手も足もいきいきとしながら失神してしまったのである。」

2018/06/01

教室の、ながらスマホいろいろ

 講義中、スマホをのぞき込む若い衆、特にもう珍しくもなくなってます。

 机の下に隠しながら下を向いてるのはまだましで、堂々と机の上に置いて眺めたり、ヘタすりゃゲームに興じる剛の者も。いわゆる講義の形式でこちらが話している時は、多少の遠慮もあるようですが、中でスクリーンに映像を投影して見せたりするような段になるとその歯止めも外れるらしく、そこここでおおっぴらにスマホ鑑賞に勤しむように。これが昨今当たり前になってるパワーポイントの類の電子紙芝居を半ば常時上演するような形式になると、その鑑賞モードも同じく常態になる由。このへんこちとらがパワポを使わないので実体験でなく伝聞になりますが、どういう事態を招来するようになるのかはなるほど、たやすく推測できます。

 前にも触れた、講義中にノートパソコンを広げてノートテイキングとしてタイピングしたり、何かを検索したりということとどう違うのか、という声もあります。何か関係ない動画を見たり、電子マンガを眺めたり、果てはゲームをしたりというのは論外としても、しかし電子機器としては同じこと、フリック入力でノートをとるのはちと無理筋としても、検索などはスマホでちょっとやってみるのは確かにあり得るし、実際そういう若い衆もちらほらいる。

 このへん、基本的な考え方としては、ひとまず私語の延長線上でとらえるようにしています。講義中の私語についても一律とにかくいけないというわけではない、講義に関係のあることで隣の友だちと意見交換をしたり、何かやりとりをするようなことは、まわりに迷惑をかけない限りにおいて妨げない、それと同じようにスマホをいじるのもその場の講義と関わるようなしらべものなどするのなら許容する――ざっとそのようなことを、こちらの考える基本線として若い衆には提示することにしています。

 眼前の彼ら彼女らがそれで本当に納得しているかどうかは微妙ですが、その日その時その場所に身を置いている講義なら講義という「場」において必要と判断した上での行為なのかどうか、私語であれスマホであれ、そこはまさに「自主的」で「主体的」な判断でやってくれということなんだな、という程度の理解は、それなりにしてくれているようではあります。

 机間巡視だとか何とか、そういう「教育学」系のリクツ自体習ったこともない身ですが、映像を上映している時などはスマホをのぞき込むのを確認すると、なにげなく近寄っていっては横に立ってみたり、時にはこちらからものぞき込むようにすることもありますが、そういう場合、あ、と気づいてバツの悪そうな顔つきをしてそそくさとスマホをしまうような態度になる若い衆は、どうも最近少ないような印象があります。こちらの存在に気づいても表情ひとつ変えずにそのまま黙って画面を消したり、あるいは単に脇に少しずらすだけで「スマホなんて見てませんよ」的ふりをしてみせる。さらには机の上に溶けたようになって眺めていたりする場合は、単にそのまま寝たふりをするようなことも。

 あ、バレた、やらかした、的な取り繕い方すらしない、あるいはする必要も感じなくなっているくらいに、その「場」に自分の身を置いているということの意識が希薄になっているのかな、と、例によってのシロウト目線ではありますが、遭遇する眼前のそのような若い衆の生態を前に、いろいろ考え込んだりしています。
 
 

2018/05/28

私立中高一貫校、の肌ざわり

 毎年新しい学生が入ってくる。その場合、さて、高校生までの生活でこの子は、果してどのような「学校」のなじみ方をしてきたのか、それが大学に流し込まれてきてわれわれの眼前にやってきた時に、まずつかんでおきたいと思うことのひとつになっています。

 ご当地北海道だとほぼ考慮しなくていいでしょうし、まして今の勤務校だとなおのことですが、いわゆる私立の中高一貫校といった、独自の教育を施していて、しかもその地域で、あるいは場合によっては全国区での進学校といった位置づけの「学校」をくぐってきたような子については、明らかにその他の一般的な義務教育から高校へ、といった経歴の子たちと違う内面を持ってしまっています。この「違い」というのは、大学に入ってきて初めて際立ってしまうようなものでもあるようです。

 自分ごととして振り返ってみてもそれはわかる。小学校も中学も地方の地元の公立校で、それまで特に「お受験」と呼ばれるような経験はしていない。塾通いにしても、小学校の中学年くらいで親に言われてやらされた硬筆習字か、当時からほとほと苦手だった算数を近所の教諭あがりのお年寄りの自宅で見てもらっていた程度。中学になってからも、同じく苦手が明らかになった英語を、それも昨今流行りの英会話などというものでもなく、ほんとに学校の教科書に毛の生えたくらいの内容のこれまた補習程度。いや、そもそも「入試」という試練自体、高校でさえも当時の「兵庫方式」と呼ばれた内申書であらかじめ篩い分ける選抜の仕方だったもので、ペーパーの筆記試験は一応あったものの、それも内申書によって篩い分けされた上での念のための学力確認程度で、いわゆる一発勝負の緊張を強いられるようなものではありませんでした。なので、高校を出るまで、そのような「入試」も「受験」もロクに経験しないままだった、ということになります。

 私立中高一貫校の、それも全国区の名門と言われるような学校は、地元にいくつかあった。それを小学校からめざしていた子もいるにはいましたが、それもひと学年でひとりかふたり。そんな子たちにしても、後のようにわざわざ「受験」準備の塾とか予備校の類に通っていたということはなかったはずです。何より、そんな中学受験のための塾などというもの自体、近所にはなかった。いや、あったかも知れないけれども、そういう情報自体、当時の小学校まわりの情報として流通していませんでしたし、親たちにとってもほとんどそんなもの、だったでしょう。その程度に同じ地方であっても田舎ではありました、たとえ阪神間の郊外都市ではあっても。

 そのひとりかふたりの子たちは、都市銀行の銀行員の子弟とか、商社マンの息子といった家庭環境で、多くはまだ畑がそこら中にあって、むき出しで何の保護措置もとっていない肥だめ――当時の地元のもの言いで「ドツボ」さえあたりまえに通学路の脇に異臭を放っていた、そんな環境に育ったその他おおぜいの地元の子らからは明らかに別のたたずまいを漂わせていました。もっとも、転勤族の子弟という意味では自分もおそらくそんなハコに入れて区分けされていたのだとは思いますが、それでもこれまた後に問題になっていったようないじめやスクールカーストなどといった子ども同士の世間での深刻な分断の気配は、まだほとんどなかった。少なくとも、教師以下まわりの大人たちにとって問題にされるような可視化は起こっていませんでした。

 彼らがその後どんな中学高校性格を送っていったのか、その後敢えて考えることもなく、彼らの存在も忘れたままになっていましたが、その後、たまたま大学に入って、これは現役でもぐりこめたこちらより1年遅れて、そのかつて全国区の名門中高一貫校に進んでいた同級生が同じ大学の学部に入学してきたことを知って、ああ、こういうところでまた同じ場所に、という感慨を抱いたことがあります。もっともそれは、新入生の名簿か何かをたまたま見る機会があって、その中の出身高校欄(それは必ず附随していました)をインデックスに眺めているうち、どこか見覚えのある名前を発見して気づいた程度のことでしたし、ましてわざわざ顔を見に行き挨拶したりといったこともしませんでしたが、もしその頃、実際に顔を合わせて話でも交わす機会があったなら、小学校を卒業した後、彼がどのような中高生活をくぐり抜け、どのような10代を送っていたのか、その肌ざわりを間近に感じ取ることもできたのかも知れません。

 そのような全国区の、それも進学校として名うての中高一貫校出身の人がたの肌ざわりを実際に思い知るようになるのは、大学よりもむしろ大学院に入ってからだったかも知れません。本当ならば大学でもっと実感していていいはずなのですが、きっと例によって若さゆえの夢うつつで過ごしていたのでしょう、良くも悪くもそういう機会は少なかったように思います。こちらにそのような出自背景を補助線にして眼前の生身の人間を吟味するだけの枠組みが、まだ備わっていなかったということかも知れません。ともあれ、大学院の頃に初めて、そういう種類の出自背景を持った人がたを間近に、その「進学校」で実装してきたらしいある種の能力や、それに伴う人となりや性格、人づきあいの習い性みたいなものもひっくるめて、あれこれ思い知らされることになりました。

 彼らは、こちらから東京に出てゆかないことには、まず出会うことのないような人がた、であったことは間違いない。中高までは言うにおよばず、大学へも実家から通うことも当たり前で、それは同時にその実家にまつわる「地元」の人間関係や背景その他全部ひっくるめて「文化資本」としてくっついてきている。たとえば、着ている服や持ち物の類も明らかに違うものだったし、どうかすると父親の自家用車を当たり前のように乗り回していたり、またそのことに悪びれる風もない。地方出身、ありていに言って「田舎もの」の側からの視線について、彼らはこちらが逆に恥ずかしくなるくらいに意識していないように見えました。

 いま、ご当地の眼前の若い衆の間に、そのような落差や格差はひとまず見えにくい。もちろん、札幌圏とそれ以外の地域の間の学力格差は、海峡以南の全国区目線からは想定されにくいほど深刻なものですし、そこに出自来歴含めた階層の違いなどがからんでいることも、単なる経験則として以上に明らかだと思いますが、近年さらに加速されているように見えるいわゆる「お受験」沙汰や、その上に想定されている私立中高一貫校的名門進学校へのハードルの上げられ具合などは、少なくともご当地北海道のみならず、それこそトーキョーエリジウムな限られた情報環境から疎外され続けている「地方」≒トーキョー以外、の〈リアル〉からはまずはよそ事、少なくとも自分自身のそれぞれの人生を選択してゆく時に実際に考慮するような要素としては、まず考えられないようなものですし、その限りでどこかヴァーチャルな世界での「おはなし」としてしか感じることはできないようです。

 けれども、いやだからこそ、でしょう。そういう〈リアル〉が同じニッポンのこの中にあること、そしてそれらをくぐり抜けた果てに、いわゆる有名企業や大企業に象徴される「いい就職」が実際にあり、あるいはマス・メディアの銀幕に映し出される華やかな日常、絵空事な日々を現実化した「勝ち組の人生」が成り立っているらしいこと、についてうまく伝えておくこともまた、昨今の大衆化した大学に通う大学生のその他おおぜいにとっては、社会における自らの立ち位置を穏当に計測してゆけるようになるために、不可欠の「教養」の一部になっているように感じています。

 
 
 
 
 

2018/05/26

「Fラン」上等

 「Fラン」というもの言いも、割ともう一般的になってきているのかも知れません。

 もとは予備校以下、受験産業の用語だったはずです。いわゆる偏差値的序列におけるランキングで「ボーダーフリー」と呼ばれていた下位クラス。合格のための入試難易度が偏差値として算出できない、事実上全入に近い一群を称してつけられていた「ボーダーフリー(F)ランク」だったものが、AランクBランク的なものさしと誤読されつつ「Fラン」と使い回されるようになった。このあたり、かの戦争犯罪人たちを分類する「A級」「B級」が、戦争犯罪の質の違いを便宜的に分類した記号だったものが、同じように犯罪の軽重を一直線に評価したものさしとして理解されてしまったことなどとも、どこか似ています。

 大学受験が事実上、かつてのある時期までのような「競争」ではなくなり、浪人してまで志望校をめざす、といった「受験戦争」期の苦難のイメージ自体、もう過去のもの。もちろん、上位難関校をめざす若い衆たちは今もいますし、そのために浪人する層もいるにはいますが、しかしそれはかつての最も競争の激しかった頃、具体的には80年代でしょうか、当時の「大学受験」にまつわっていた切羽詰まったものとはすでに別ものになっています。

 なのに、というか、だからこそ、というか、この「Fラン」というもの言いだけは、便利に使い回されるようになっている。偏差値的な序列の最底辺、勉強的には箸にも棒にもかからない頭の悪い層、といった意味を、そうとはっきり指し示さなくてすむための回避的な、とりあえずは便利なもの言いとして、のようです。

 学生若い衆同士でこの「Fラン」が使われるかというと、実はそうでもない。自分自身のことに直接刺さってくるから、という面もありますが、そういう事情だけでもないらしい。たとえば、好んで使いたがるのはむしろ教員の側のような印象があるのも、何かワケがありそうです。

 

 

 

2018/03/22

「わからない」は、日本語の不自由から?

 日本語が「できない」という学生若い衆、実は少なくありません。何も日常会話ができないというのではない (いや、それも不自由なのも確かにいますが、それはそれとして)、書かれた日本語に対する理解がこちらの想定を越えてできていない、ということで、つまりそれは「読む」ことが、すでにこちらが勝手に思っているような営みではなくなっているらしい、ということのようです。

子どもの「わからない」は実は日本語が「読めない」だったりする、かも問題
 子供が何か設問を解いて答えを言い、違うよというと下手な鉄砲スタイルでとにかく拾った言葉全部投げてくるみたいな答え方で正解を引き当てるまでやるタイプの子が本当にいるんですけど、「いや待って、考えて答えて」って言うと本気で「は?」ってなってるのね。
  「考えてって何?問題んとこに書いてあるやつの中にマルの答えあるんでしょ」みたいな感じね。すぐマルの答え見つけられるやつズルいみたいな感じね(すごく運動神経いいみたいなイメージで捉えてるっぽい)。
  こうなるとテストとかもはやくじ引き感覚になってて、テストのできるできないもくじ運のいい悪いになってて、くじって努力とかそんなないでしょう。自分くじ運悪いんだし仕方ねーわって感じになってて根本的に勉強して考え方を身に付ければギャンブルしないで答え書けるんだってことが肌感になってない。
  テストでマルがいっぱいつく奴のことは、くじがいっつも当たるラッキーで先生に誉められるズルい奴ってことになるし、もう完全に学校の勉強というものが何をしているのかわかっていない。 
  あらかじめどこかに「正解」が落ちていたり隠されていたりして、それをどれだけ早く、他人よりも先に気づいて拾うことができるか、それを「学校」という空間でやるゲームが「勉強」――ざっくりそういう理解が結構共有されているらしい。 「勉強」ということ、それも「学校」での勉強ということに対しての理解の仕方が、最も機械的で短絡的な意味での○×式のゲームのようなもののままで、どこかに必ず「正解」が隠れてるからそれをとっとと早く見つけた方が「勝ち」という世界観。いや、そりゃ小学生の低学年あたりならそういう導入、エントリー向け手管もありでしょうが、 中学から高校と進んでうっかり大学にまで流し込まれてきていながら、ほぼそういう理解のまんま、という事例は確かに現前しています。

  子どもならまだしも、なまじ大きくなっている分、タチが悪いのは、そういう理解のまんまでいることをうまく誤魔化し隠せるようになっていること。当人たちにそういう意識はなくても、中学・高校と「学校」空間で生き延びてくる過程で、それこそ「無難」に「ふりをする」ことはそれなりに身につけてきているし、またそれをいちいち詰めてゆくような手間も、いまどきの「学校」空間はかけていられなくなっている。だから、そういう理解を抱えて「ほったらかされたまま」、めでたく進学率50%超の大学の教室に坐っている次第。

  「方法」ということを教えてこなかった、そしてその「方法」が何のためのものか、も含めてことばにして、こうこうこういう目的のために、こういう技術をこうやって身につける必要があるんだ、ということを拙いながらもそれなりに納得させた上で、やる。これってスポーツなどで近年言われる「コーチング」のあり方などとも通底してる話だと思うんですが、「学校」空間での「勉強」もまた、そういう身体技法である以上、スポーツのような「コーチング」の視点というのが必要なのだと、今さらながらに痛感しています。「わかる」が「できる」と重なってゆくために、その「できる」に至るためにはやはり反復しかない部分もあり、それをある程度積極的にするように仕向けてゆく、環境を整えてゆく、そんな発想は今や大学だからこそ、切実に必要になっています。

2018/03/20

講義の数が減っている?


学生になったつもりで、改めてカリキュラムを眺めてみます。あ、これ取ってみたい、聴いてみたい、という授業や講義が、さて、どれくらいあるものか。

何より、以前に比べて講義科目の数が激減しています。おそらくこれは、多くの大学でここ10年内外に起こってきたことでしょう。理由は、とりあえず経費削減。非常勤講師も含めて、大学の開講科目数は人件費に依存しています。昨今の少子化などで経営状況が芳しくなくなってきた時に、経営側は当然、経費を削ることを考える。人件費が最もラクに、少なくとも民間企業でのリストラや解雇首切りなどに比べれば手間をかけずに削れる、それが開講科目の削減だったようで、非常勤や特任の教員に頼っている部分の大きい科目から減らしてゆくことが当然のようにやられてきました。受講者数の少ない科目は開講しない、などというローカルルールが定められて、科目登録が終わった段階でこの科目は開講しません、といった事態も起こってきますが、だからと言って、いまどきの学生若い衆は強くクレームをつけたりはしない。仕方ないよね、で粛々とまた別の科目を登録し直したりして、特に問題になったりはしないのが通例。

単に科目が減っただけでなく、その目指すところが「就職」に特化した組み立てになっている、そんな印象のカリキュラムになっているところは、同業他社をざっと眺めてみても本当に多い。というか、学部学科コースなどによって色合いは違うように見せてはいても、その意図するところというか目指す先はきれいに同じところに向かっている、そんな感じです。そしてこれは、大手の有名どころやいわゆる入学偏差値的に高い大学かそうじゃないかに関わらず、大都市圏であれ地方であれ、どこも基本的に変わらない傾向のように見えます。

 大学へ入って最初の1年2年が「一般教養」課程で、3年になって初めて「専門科目」が取れるようになる、というのが以前の大学の、ということは今の世間の大方がイメージしているような大学のあたりまえ、でした。これが「大学設置基準の大綱化」という、ぶっちゃけ「大学の自由化」政策によって今から20年ほど前、なしくずしに崩されてきて、昨今だとこういう2階建てのカリキュラム構造は、ほぼ姿を消したと言っていいでしょう。3年4年になってようやく大学生らしい専門科目と演習とでがっちり勉強する、というあり方はすでに遠い昔のこと。いや、それどころか、昨今は1年から「初年次教育」という名の、高校までのおさらいと足りない部分の補習みたいな科目が設定され、同時に「キャリア教育」という就職めがけた洗脳課程も待ち受ける。3年からは実際に就活を視野に入れた本番が始まり、4年はもうほぼ就活でつぶされる、というのが昨今の大学と大学生の4年間の概ねルーティンになっています。

 「好きな勉強」「自分の興味や関心に従った学び」といった美辞麗句は、未だどこの大学の宣伝パンフや公式サイトなどに踊っていますが、けれどもそれらでさえも、すでに片隅に追いやられ始めているフシも見え始めている。「実学」という名で、具体的な就職につながるような教育をしなければならない、という流れが近年、表面化してきて、またその流れを世の中自体が何となく承認しているような気配の中、大学とは就職のための勉強をするところ、できればそういう「役に立つ」免許や資格のとれる学校、といった理解の方向に、大きく変わってゆきつつあるようです。

2018/03/19

「おはなし」としてのマスコミ報道

 政治と政局をめぐるこのところの一連の騒動、いわゆるマスコミが、高度成長期このかた半世紀以上にわたって流し続けてきた「反権力」「反自民≒与党」の「おはなし」の定型の刷り込みが、ここまで「世論」を下支えしてきていることに、今更ながら驚いています。いや、そういう仕組み自体はもちろんこれまでもわかっていたつもりではあるんですが、このところ驚いているのは「世論」に対してではなくて、そういう「おはなし」の定型に従ったままの報道なり解説なりを、ここまで本当に何も自省も立ち止まりもせずにやっているマスコミの側が丸見えになってしまっている、そのことです。

 昔からそういう手癖、習い性で仕事をしてきてたんだよマスコミなんて、と言う人もいます。そうかも知れない。ただ、仮にそうだとしても、その間ざっと半世紀ばかり、時代も変われば社会のあり方もあり得ないほど大きく変わってきている、マスコミの中の人がたももちろん世代交替してるし、何より「世論」の主体であるこちら側にしたところで親から子、孫の世代まで含み込んでの幅があるわけで、そんな転変があるにも関わらず、同じ「おはなし」が未だに大枠変わらないまま「伝承」されてきているらしいことにびっくりします。

 民話や昔話、といったジャンルの表現と同じような、「そういうもの」としてただ繰り返され受け継がれてきている「おはなし」としてのマスコミ報道の、「反権力」「反自民≒与党」という定型のこの変わらなさ、しぶとさは、それ自体われわれのこの社会の〈いま・ここ〉に活きている民話や昔話のような、そうと意識しない/させない「そういうもの」になっているらしい。

 ならば、そういう現在のありさまについて、日本語環境の学術研究、特に人文社会系と呼ばれる領域の専門家たちは、何も発言しないでいいのでしょうか。そういう〈いま・ここ〉の現在についてだけでなく、そうなるに至っているこの半世紀以上の間には、すでにもう「歴史」が介在してきてたりもするはずなんですが、いまどきの学問というのはそういう眼前に起こっているらしいできごとに対する、ごく素朴な感受性すら失ってしまっているんでしょうか。

 これって、●●学とか何とか、それぞれの専門領域がどうこうといった問題ではないらしい。四半世紀ほど前に始まった大学設置基準の大綱化と大学院重点化政策このかた、日本語環境での学術研究の作法自体がもう、そういう〈いま・ここ〉の問いをすくいあげるためのマザーボード自体をすでにもう取り外し、廃棄してきているような印象すらあります。

 それは端的に言って「ことば」の問題であり、そして、そういう「ことば」を着実に疎外してきているらしい昨今の「論文」だの「業績」だの「エビデンス」だの、いずれそういう自ら望んで不自由になってゆく方向に向かって、横並びで、本気で、しかも善意ごかしに殺到しているように見える、概ねアラフィフ界隈から下の世代の「優秀」の問題が根深くからんでいます。

 「反権力」という「おはなし」の拠って来たるゆえんと、それがわれわれのココロにどのような刷り込みや「そういうもの」を宿してきているのか、それらをそれぞれの身の裡から立ち止まって自省し、小さなことばにしてゆくことからしか、昨今のいわゆるマスコミ報道の定型の自家中毒垂れ流し状態に対する抗体は作れないままだと思います。

2018/03/15

「育てる」作法の、いま

 若い人を育てないと――どこの業界でもそうでしょうが、いくらかまともな、もののわかった人がたほど善意からそういうことを言い、また口だけでもなく、実際にこれと眼をつけた若い衆を抜擢してみたり、世話してみたり、といったこともやったりする。なるほど、心意気はよしとしますし、何よりほんとに必要なことではあるだろう。ただ、そういう心意気がうまく結果に結びつくのかどうか、むしろ逆にその育てられる側にしたところでかえってよからぬことにしかならない、そんな少し前までと違う難儀が関わってきているようにも見えます。

 育てられたいなんて思ってないから――そんな口吻の「若い人」も普通にいます。青年客気の言動というわけでもなく、敢えてそう言ってみせる反抗ぶりでもなく、ほんとに心からそう思っているらしい。一方、そんな若い衆世代に対して、「自分ひとりで大きくなったような顔しやがって」という、昔ながらの親や年寄りのもの言いも以前はありましたが、これまた、昨今の親なり年寄りなりの側は、そんな悪態めいた説諭説教の類もしなくなっているようです。つまり、若い衆の側も、年上のおとなたちの側も、共に互いに「関係ない」、同じ場所同じ空間を共にして生きていながら、本当に関係を持つことを互いに避けあって、それをあたりまえの常態と思うようになっているようなのです。ありていに言って「腰が引けている」状態。互いにそんな物腰では「育てる」も「育てられる」も、うまく成り立つ道理はない。かたや単なる甘やかし、態のいい放置ほったらかしだったりするし、かたやそれに甘えて自らしゃんとしてゆく意志も宿らぬまま、ただ眼前の状況を「こなしてゆく」ことでいっぱいいっぱい、という光景は、気がつけばそこここに見られます。

 責任をもって負荷をかけてゆく、そしてその結果もまたフィードバックしながら、常に変化の相においてより良くなる過程を見つめてゆく――おそらくこれは、何も仕事の場だけでなく、広い意味での人づきあいの中で設定されてきた習い性、それこそ「民俗」だの「伝統」だのと呼ばれてきたような領分も含めての問題ではあるのでしょう。それがうまく機能しなくなってきているらしいことと、その気配を察知しながら、ならばどう機能するように手直ししてゆくのか、腰上げることも億劫になっている事態の複合汚染。 おとなであり、親であり、上司先輩リーダー……何でもいいですが、そういう立場に必ず伴ってきていたはずの、負荷をかけることとその効果を測定する技術みたいなもの自体が、もう受け伝えられなくなっているらしい。

 世に言われる「ブラック」企業なり労働環境、あるいはスポーツなどの場で未だ問題化する「しごき」「いじめ」「かわいがり」系の現象なども含めて、どこか大きな根のところで通底しているような気はしています。

 

 

2018/03/14

野良博士、地に満てり



  大学に教員として就職したいのにとてもできない、という状況があたりまえになって、うかうかともう20年近くたってしまったようです。

   いわゆる大学院の重点化が文科省の政策として導入されて、「入院」する人がたが一気に増えた。特に、人文社会系の分野での増加がはなはだしかったというのは、実感としてだけでなく、数字の上にも現れているようです。まして、少子化の流れで大学という商売自体が茨の道になりつつあるわけで、パイ自体が縮小方向に動いているのに、そこを受け皿として想定していた層を増やすように舵取りしてきていたという、誰がどう考えてもアタマおかしい施策をやってきた結果の必然。一律ひとくくりの公務員叩き、お役所糾弾はいまどき慎むべきとすら思っていますが、さすがにことこの業界、殊に大学以下高等教育に関するお上の方針だけは、後先考えずに批判したくもなるひどさです。

   任期制のポストもどんどん増えていって、30代40代で何とか職にありついている若い衆世代の教員も、その多くはすでに任期制。限られた数年の任期の間に頑張って業績を積み上げて、それを足場にさらに良い職場に、はっきり言って常勤ポストに就けるよう日々切磋琢磨しなければならない、というのが縛りになっている立場。とは言え、じゃあその間研究だけやってりゃいいかというとそんなこともなく、むしろ現実は真逆で、文科省筋からのあれこれ要求に応えにゃならん分、やたら仕事だけが増えてきている昨今の大学のこと、新たに採用したそれら任期制若い衆世代に全部丸投げ、といった事態もほんとに珍しくない惨状。やらねばならない仕事の負荷は山ほどかけられつつ、でも業績も出してゆかないことには先行き真っ暗、というのが昨今、恵まれて任期制ポストに就くことのできたアラフォー前後の若い衆世代課程号持ちの現実です。いわゆる理科系はまた事情が違うでしょうし、分野によっては、修士課程くらい出てないと民間企業の一線でも使い物にならん、と言われる世界のようで、それはそれ、重点化の効果というのもあったのかも知れませんが、こと人文社会系となるとほんとに行先のない「野良博士」が世に満ちている状況になって久しいわけで、深刻な社会問題だという声も当然出てはいるのですが、こと世間の眼からはあまり同情や共感が得られないまま、それこそ「好きでその道進んだんだから、自己責任でしょ」くらいのどんよりした気分で片づけられるのがオチ。

   なまじ博士号なんか持ってしまっている分、良くも悪くもプライドが高くなっている。まあ、無理もない。自分はこれだけ頑張って博士号まで持っているのに、どうしてそれに見合った職が得られないんだろう、大学の中に居座っている年上連中、おっさんであれおばはんであれ、博士も持ってないようなのが、これまでラクにポストにありついて、中にはロクに業績も出さないまんま、のうのうと定年を待っているようなのもいっぱいいるじゃないか、あいつらの代わりに自分が……といった鬱屈や怨念の類が自然にわだかまってくるのも人情というもの。任期制であれ非常勤であれ、大学の現場に関わっている若い衆世代の多くが、そういう種類の満たされない気持ちを抱えたまんま、少子化の状況に加えてさらにまた、昨今は「実学」だの何だのと新たな大号令がかかって混乱錯乱が一層進みつつある大学業界に、果してこのまま自分の人生を託せるものだろうか、という根本的な不安すら、彼ら彼女らの間に膨らみ始めています。



2018/03/11

LINEでゼミはいかが?

 大学という学びの場所には、講義と演習の二本柱があります。

 理科系だとこれに実験や実習なんてのも加わってくるんでしょうが、それらもひとまず広い意味の演習に加えておきましょう。この後者の演習というやつ、俗にゼミとかゼミナールとか呼ばれてきている形式ですが、これが昨今様変わり激しいというか、そもそも成り立たなくなってる事例も案外少なくないんでないような気がしています。

 講義は基本的に「ひとり」で考えることを前提にしていて、それは講義を受けて自習の過程も含めてそうなのですが、ある意味では本を読むことと似ています。それに対して演習というのは、教員もまた学生と同じ目線、同じ立ち位置で、たとえば一冊の本を一緒に読んでゆく、あるいは何か大きなテーマをそれぞれ分担して作業してゆく、言わば「みんな」の中に自分という「ひとり」を置いて、それを軸につくられてゆく「関係」と「場」の中で互いにやりとりしながら学んでゆくものです。講義が「読む」で、文字や活字を想定してのことだとすれば、演習は「話す」で、話しことばで自分以外とつながってゆくことが求められる。個々の進め方、運営の方法はいろいろでしょうが、何にせよ「学生」という同じ立場を仮に設定して、その約束ごとの中で一緒に「わかる」をその場に宿るようにしてゆくこと、それがまあ、ざっくり言って演習の意義みたいなものでした、少なくとも少し前までの大学の作法としては。

 それが昨今、ほんとに煮崩れしてきている。そもそも、その「話す」ことの稽古が、学校どころかふだんの暮らしの中でもされてきていない。だから自分以外と「話す」でつながることが億劫だし、やり方もわからない。こちらが「話す」で関わろうとしても、そこでも講義の中で「当てられた」時と同じような一対一の関係になってしまい、それ以外のその場にいる他の人間に対して開いた「話す」などとてもできない、そんな若い衆学生がほんとにあたりまえに増えました。

 「LINEで、ゼミやったらどうすかね」
 
 ふだんほとんど発言もしない、目立たない学生のひとりが、ある日、ぽつん、と言いました。ああ、そういうことか、スマホなどの端末介した、フリック入力でモニタに映し出される文字で「話す」ことならなじんでいるか、と一瞬思ったのですが、でもそれって本当に「話す」だろうか、いや、そもそもそれで「関係」や「場」ができあがるものなんだろうか、といった問いが即座にいくつも脳内に浮かんできた。けれども、その場でうまく説明できる自信もないのでそれ以上は言えず、その話題もそこから先、その場で深まることもありませんでした。読む/書く、聞く/話す、という広義の「ことば」を介したやりとりのあり方自体もまた、このように少し前までの当たり前と否応なく別のすがたを呈し始めているようです

2018/03/10

どんな学生が欲しいの?


 なるべくいい生徒をとりたい、教え甲斐のある学生に来て欲しい、たいていの大学はそう考えています。大学に限らず、学校というものがそもそもそういうもののようです。けれども、その「いい生徒」「教え甲斐のある学生」というのが実際どういうものなのか、そうとはっきりことばにされていないのが普通です。

 そんなことはない、大学案内のパンフレットや説明書、いや昨今だとむしろ、web上のサイトやSNSのコンテンツの方が効果的らしいのですが、いずれそういう場所に必ず載せられているもっともらしい「教育理念」や「指導目標」、「建学の精神」といった書きものがあるじゃないか、と大学は言うでしょう。なんの、そんな文章をまじめに読んでも、どれも同じようなことばの順列組み合わせに過ぎないタテマエだけの作文に終始しているのが通例。具体的にどんな学生に来て欲しいのか、という肝心の部分はいつも漠然としたまま、実際にはピンとこないまま、なんかまあそういうものだから、程度でそのままスルー、というのが大方でしょう。

 中にいる教職員だとて実は同じようなもの、教員は、自分の教える内容をすんなり理解し、言われた通りに自主的に学び、良い成績を取ってできるだけ世間的に聞こえの良い就職先に就職してゆくような学生を、職員も職員で、事務手続きなどで面倒をかけず、学費もきちんと払える家庭環境に育った学生を、いずれホンネでは望ましいと思ってはいますが、けれども、それをそのまま口にしたり外に向かって伝えることはまずないし、やろうとすら思わない。当人たちの裡でも、それは概ね漠然としたままなんですね。かくて、小中高とそれまでの「学校」の過程で悪目立ちすることのなかった「いい子」というやつが、大学でもそのまま、意識されざる望ましい学生像として連綿と伝承されているかのようです。

 応募してくる高校生だとて、それまでの「学校」生活でそのへんのことは経験的にわかってはいる。なにせ「無難」が生きてゆく上の指標になっているらしいいまどきの若い衆のこと、大学だからと言ってそんなにこれまでと違うはずもないと思っている。けれども、彼ら彼女らもまた、そのことをはっきりことばにして自ら認識することのないまま、これまた漠然と、なんかまあそういうものだから、という「いい子」というものさしに沿ってゆく。彼ら彼女らの「無難」は、大学の教職員の側の「無難」と互いに呼応しながら、次は、就活における「望ましい人材」像にも、もちろんめでたく伝承されてゆくばかりです。